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日本服飾史

弥生時代


  

横幅の布を巻く倭の男子


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 後漢の班固が撰んだ前漢書巻28下、地理志燕地の条に「楽浪の海中倭人有り、分れて百余国と為る」とあり、倭が日本をさしていると考えられる。
 隋書以前は倭が用いられ、唐朝をさかいとして日本の名が使われているが、魏志倭人伝に「男子皆露、以木緜招頭、其衣横幅、但結束相連、略無縫」とあって、古事記、日本書紀の記述とは異なる古い姿と思われる。
 実際の状態は判然としないが、このような装いの民衆がいたのであろう。
 中国に来た倭国の使節の姿として、梁代[6世紀]の「職貢図巻」に描かれたものがある。原図はないが宋の熙寧10[1077]に作られた模写には横幅の布を肩掛けのようにして、まとい腹のあたりでくくり合わせている。ただこの図では露は見えず木緜(ゆふ)を頭にかけるのではなく、布帛で頭髪を束ねている、あるいはこれが倭人伝のいう横幅の、衣の当時の想定図とも思われる。横幅の衣の略縫うことなしというのは、当時の完成された中国様式の衣ではなく、単に布巾を二幅に縫ってあるという意味のように思える。「ほぼ縫うことなし」と「縫うことなし」の差は上述の問題であろう。しかし、この姿が当時の日本の使者の真実の姿であったかどうか、倭人伝そのもの解釈では判然としない。

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1  横幅の布の頭巾(ときん)
2  革の頸飾(くびかざり)
3  横幅の布の衣
4  横幅の腰布
5  革の脚絆(きゃはん)




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