風俗博物館
TOP 六條院拝見 貴族の生活 行幸の演出 六條院四季の移ろい 風俗博物館について
MENU
[服制の成立]
縄文式文化の時代
弥生時代
古墳時代
推古・飛鳥時代
奈良時代
[和様の創製]
平安時代
[武装の伸展]
鎌倉時代
室町時代
安土・桃山時代
[小袖の完成]
江戸時代
[洋風の摂取]
明治・大正・昭和時代
昭和時代前期
*
*
平安京へ出かけよう
牛車で清水詣へ出かけよう
輿で鞍馬へ出かけよう
虫垂れぎぬ姿で出かけよう
*

日本服飾史

奈良時代


  

袈裟付羅衣七条袈裟姿の高位の僧


* *

奈良時代の法衣が正倉院御物として一領のこり袈裟付羅衣と称されている。たれくび大袖で、後身に縁のある方形の別布がつけられている。菱格子文の羅で薄茶色になっているこの形の遺物は他に例を見ないが、鑑真和上の木像にその形があり、また中国の敦皇の壁画や塑像にも見られる。この方形のものをいつの年代から袈裟と称したのか詳にせないが、これは覆肩衣と称すべきものかと思える。袈裟付羅衣は覆肩衣付羅衣というのがよいのではなかろうか。また鑑真和上木像着装の袈裟と同種のものと思われるものが、やはり正倉院に残されている。国家珍宝帳に載せる「御袈裟九領」のうち、「七条織成樹皮色袈裟」を復原して着装させた。
 この織成は、文様に用いる絵緯を織りはめにした綴錦の織法に、さらに全幅に貫通する地緯が一越しおきに打ち込まれている。経(たて)は茶、文様をあらわす絵緯は紺、浅緑、黄、赤、浅紅などの彩糸で、地緯は浅縹である。色境いの部分は、相隣る絵緯が互にからみあっている為、その部分に小結節が生じ、特殊な趣きを呈している。縁、條、堤とももとの姿と思われる皀綾(くろあや)とし、裏は唐花文の唐綾とした。長さ245.5糎、幅139糎、修多羅によって着装したと思われる。この袈裟は種々の交錯した色相を以っているので、糞掃衣といわれる意を表現している。
 また修多羅は、延暦寺に残る天台六祖荊溪和尚の、依用と伝えられる袈裟とともに残る修多羅の形状によった。
 衣はここでは、紗を以って羅にかえたが、色相は現在は薄茶色であるが、これは褪色した姿で、あるいは本来緋色ではなかったかと思われる。壊色(えじき)の筒袖の内衣をかさね、裳をつけているがこの当時は横被(おうひ)は用いられていない。
 またこの姿は特別の儀式のものと考えられるので、前述の鑑真和上になぞらえた。鑑真和上は中国の唐代の高僧で5回の失敗とその為に盲目となられたに拘らず、ついに天平勝宝5年12月[753]日本に渡来された日本律宗の開祖であり、聖武天皇に対する授戒も和上の手によって行われた。

*
1  袈裟付(けさつき)の羅衣(らい)と称されている衣
2  袈裟付の羅衣の袈裟と称されている背面の方形(ほうけい)のもの
3  樹皮色織成(じゅひしょくしょくせい)の七條袈裟
4  修多羅(しゅたら)
5  数珠(じゅず)
6  筒袖(つつそで)の内衣(ないい)
7  裳(も)[裙(くん)]
8  褌(はかま)
9  襪(しとうず)




*
風俗博物館
〒600-8468 京都市下京区堀川通新花屋町下る(井筒左女牛ビル5階)
TEL:075-342-5345 FAX:075-351-6947
ご意見、お問い合わせはこちらまで
(館長 井筒 與兵衛) mail
Copyright(C)1998,COSTUME MUSEUM All Rights Reserved.
*