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日本服飾史

弥生時代


  

女王卑弥呼[古代巫女]


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 古事記や日本書紀よりも古い文献として、日本について記されているものが、俗にいう魏志倭人伝で、これは三国志の一つである「魏書」の東夷伝倭人の条で、晋の陳寿が三世紀に著わしたものである。
 倭は日本をさすと思われ、この中に邪馬台国があり、倭の女王卑弥呼が統治し、魏と国交があったことが記されている。女王卑弥呼は神功皇后や倭姫命ではないか等諸説がある。
 服装については一般的な表現があるだけでこのような高貴な方については触れていない。
 しかし中国との文物の交流を考え、志賀嶋の金印や他地区の金銅の宝冠、沓、其の他の発掘品を思うと、ここに示したような姿とも思われる。
 髪は結(ゆ)い上げ額に天冠をつけ、上衣は飛鳥時代のいわゆる太子間道のような赤地の縞織物の漢風の大袖での小袖にかさね倭文布の帯を結び、羅の菱文の裳をまとい、更には古式を残す麻地に丹土による文様のある貫頭の衣を着、その上に丹土鱗文の襷を掛け、玉と金銅の鈴のある首玉、金銅の耳環、革沓にもその上に金銅の覆いをつけた。
 弥生式文化の時代とは雖も女王卑弥呼の装いはこのようなものではなかったかと考証する。

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1  宝冠
2  耳輪
3  頸珠(くびたま)
4  貫頭(かんとう)の衣
5  襷(たすき)
6  大袖(おおそで)の衣(きぬ)
7  下襲(したがさね)[内衣(ないい)]の袖(そで)
8  倭文布(しづり)の帯(おび)
9  裳(も)
10  履(くつ)




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