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牛車で清水詣へ出かけよう

牛車とは


平安京とその周辺では道路が比較的整備されていたから、上皇をはじめ大臣以下の公卿、さらには四位・五位の殿上人(てんじょうびと)、それにその子女や仕える女房(にょうぼう)まで、一般の交通手段としては牛車を用いた(天皇は牛車には乗らない)。

牛車は、牛に引かせた二輪車で、人が乗る車体(「箱」という)の基部から前方へ二本の轅(ながえ)を伸ばし、その先につけられた軛(くびき)を牛の首に懸(か)けて引かせるのである。車体は前後が開いていて、ふつうは後ろから乗り、前へ降りる。前後の出入り口には、御簾(みす)を懸け、その内側に布製の下簾(したすだれ)を垂らして、裾を御簾の下から外に出す。

車体の材質によって「糸毛車(いとげくるま)」や「網代車(あじろくるま)」といった名称や、「八葉車(はちようくるま)」などのように描かれた模様による名称もある。いずれも、身分や格式によって使い分けられた。また、車体の両側に窓のついたものもあり、これを「物見車(ものみぐるま)」という。これにさらに蔀がつけば「半蔀車(はじとみぐるま)」、廂がつけば「廂車(ひさしぐるま)」となる。

車をふだん格納して置く施設が車宿(くるまやどり)で、使用するときはここから車を引き出して、車寄(くるまよせ)から乗車する。車寄は中門廊の途中あり、屋根を伸ばして廂(ひさし)を深くして車を入れやすくした場所で、妻戸(つまど)を開けて乗車できるようになっている。

参内する場合、ふつうは宮城門の待賢門(たいけんもん)か上東門(じょうとうもん)で下車するので、これらの門脇には貴族の牛車が立ち並ぶ光景が見られた。功労のあった大臣などは特別に牛車で待賢門を通って宮中に出入りすることが許された。これを「牛車(ぎっしゃ)の宣旨(せんじ)」という。

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* 皇太子殿下と御所車
御霊神社宮司 小栗栖 元徳

後陽成上皇御寄進と伝えられる当社所蔵の御所車(牛車)は四百年近くを経た現在も現役で毎年五月十八日の祭礼には猿田彦神を奉斎し、牛が牽き京都市中十数キロにわたり御輿の先導を務める。私達はその優雅な姿からも一年に一度の祭礼に欠かせない存在として子供の頃から「おくるまさん」と呼び親しんできたものである。

先年この牛車は皇太子徳仁親王殿下の御高覧にあずかるという栄に浴した。殿下は学習院大学に寄託されている西園寺家古文書をかねて御研究であったがその中の公家乗用の牛車の仕様書である「車図」に御関心をもたれ、現存の牛車を視察したいと希望されたが往時の牛車の現存例はなかなか少なく毎年葵祭に牽かれるものが二輌京都御所に保管されている以外見当たらないということであったらしい。そこで当社に現存するとお訊き及びになり、平成十四年十一月十四日行啓の運びとなった。当日は紅葉の最中秋晴れの好天に恵まれ、前もって境内に引き出されていた牛車に殿下は眸を輝かされ三十分程であったが真摯なる研究者として実に綿密に観察された。この牛車は当然ながら車体も車輪も木造であるが車輪の外縁つまり接地部分には帯状の鉄の輪が巻かれている。その鉄の輪はもともとは無かったのであるが車輪が木製であるので長時間運行すると当然外縁が磨耗する。そこで防止の為にのちに巻いたと聞いていたが殿下はその鉄の輪に眼を止められ、「これは?」とお尋ねになった。そこで私はそのいきさつを御説明したのであるが、私の経験ではこれまで多くの人の目に触れながらそのことに気がついた人はなく、質問も受けたことがなかったので、殿下の観察力の緻密さを感じさせられたのであった。




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