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牛車で清水詣へ出かけよう

清水詣


車から降り、ここより徒歩
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馬駐
大日堂を左に見てさらに坂を登りつづけると、正面に清水寺の仁王門や三重塔が見えてくる。ようやく清水寺門前の広場に出たのである。ここからは境内であるので、牛車を降りて歩くことになる。左手の馬駐(うまとどめ)という建物は、参詣人の馬を繋いでおく施設であるが(現在の建物は室町時代のもので、重要文化財)、牛車からはずした牛はここに留め、車は車宿(現在はない)につける。女性はここで被(かづ)き姿に調え、仁王門の石段を昇らねばならない。
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仁王門

仁王門をくぐった左手にある塚は鹿間塚(しかまづか)といって、堂舎を建てるとき土地を開くのを手伝った鹿が産み落とした子を葬っているという。三重塔を右に、経堂、創建の協力者坂上田村麻呂を祀る田村堂を左に見ながら、轟(とどろ)き橋を渡り、それにつづく廊を通り抜けると、視界が開けて本堂前の舞台に出る。

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現在の清水寺
舞台(ぶたい)より市中を眺める
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舞台よりの眺望
清水寺の本堂は、急勾配の山腹に建てられている。創建当初、あまりの険しい断崖に、どのようにして堂を建てようかと悩んでいたところ、多くの鹿がやって来て一夜のうちに土地を平らにならしたという。

内陣(ないじん)は土間になっていて、仏像を安置する厨子(ずし)が置かれている。それに対して、外陣は板敷きで、多くの参拝者はここから本尊を拝むのである。

特徴的なのは、建物の前の床が崖から突き出るように張り出し、束柱で下から支えられていることである。これが有名な「清水の舞台」で、正式には懸崖造(けんがいづくり)という(現在の建物は、寛永十年〈一六三三〉の再建で、国宝)。思い切ったことをするたとえとして「清水の舞台から飛び降りる」というが、浄土(じょうど)に往生(おうじょう)することを願って、ほんとうに飛び降りた人もいるそうである。

舞台からの眺望は格別である。手前に銀色に細く輝くのは鴨川(かもがわ)、その向こうに平安京の家並みが見える。平安京のさらに向こうを流れるのが桂川(かつらがわ)、先のほうで鴨川と合流し山のすそ野に消えていくあたりが山崎であろう。

柳桜をこき混ぜて、まさに錦かと見まがう京洛(けいらく)の春である。


外陣(げじん)に参籠(さんろう)して夢の告げを待つ

本堂の外陣に入って、参拝する。板敷きの外陣にはすでに多くの人が参籠している。清少納言が書いた『枕草子』にも、「さわがしきもの」として十八日の観音の日に、参籠する人で混雑している本堂のようすを挙げている。

本尊は十一面観音であるが、脇侍に毘沙門天(びしゃもんてん)と地蔵菩薩(じぞうぼさつ)を祀っている。とくに地蔵菩薩は、坂上田村麻呂の蝦夷征討(えぞせいとう)の際に毘沙門天とともに出現して、矢を放って、敵を討ったというので、勝軍(しょうぐん)地蔵とよばれて戦の仏としてとくに武人の間に人気がある。

席を譲り合って場所を定めると、そのまま一心に観音を念じての参籠である。やがて意識が朦朧(もうろう)とするうちに、うとうととして夢を見ることになる。この霊前で見る夢が大事で、観音のお告げとされる。夢の内容は鮮やかでも、その意味はなかなかわからないものだ。寺には夢解きの者がいるので、その者に夢の意味を占ってもらうことにしよう。

清水寺創建の由来

清水寺は京都市東山区にある北法相宗の寺である。山号を音羽山(おとわやま)という。興福寺一乗院の末寺で、本尊は十一面観音(かんのん)である。

本堂は平安時代以来の様式で、舞台造の礼堂である。平安期の漢学者藤原明衡の作と伝えられる『清水寺縁起』によると、創建は宝亀九年(七七八)で延鎮が東山の山麓で行者(ぎょうじゃ)行叡に会い、教えに従って草庵を結んだのがはじまりとされる。その後、延暦十七年(七九八)、坂上田村麻呂を願主として清水寺を建立したという。そして同年に十一面四十手観音像が造立された。

古来より本尊の十一面観音の霊験(れいげんは)よく知られ、人々の信仰も篤(あつ)く観音信仰の霊場のひとつとして栄えた。その様子は、『更級日記』に彼岸会(ひがんえ)で賑わいを見せる様子と参詣した作者が夢告を受ける様子が記されているし、清少納言も度々参詣していることが『枕草子』に語られている。

『源氏物語』では、清水観音の縁日(えんにち)の日を中心に、夕顔の物語はクライマックスを迎え、人の死という現実に直面した源氏は成長し、物語全体は現実味を帯び深みを増すというように設定されている。


地主権現(じしゅごんげん)の桜を鑑賞する

本堂の裏に回って石段を登った所、ちょうど清水寺本堂の大屋根を見下ろす位置にあるのが、地主権現(じしゅごんげん)(現在は地主神社)である。地主権現とは、文字どおり清水寺の建つ土地の神様の意味で、もとからこの地におられた神様に敬意を表して祀ったものである。したがって寺の創建と同時に祀られていたことになる。

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地主の桜

平安時代は神仏が混交していて、神様も仏様とともに寺を守り、国家の安穏や人々の幸福をかなえてくださる。

ここは八重咲きの桜がとても美しい。後世、室町時代には「地主の桜」として俗謡にも歌われるようになった。満開の桜を見ていると、とてものどかでぜいたくな気分になる。鶯(うぐいす)の声がしきりにする。ときおり花びらが舞い散るのはその鶯が枝から枝へと飛び移るからであろう。こんなのを「落花狼藉(らっかろうぜき)」というのかな。

音羽(おとわ)の滝(たき)の水を口にすすぐ
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音羽の滝
地主権現の参拝を終えてもとの道を戻り、本堂脇の長くて急な石段をさらに降りると、音羽の滝がある。滝といっても、三筋の水が崖の上の三つの石の樋(とい)から流れ落ちている人工的なものである。しかしこの滝こそ、清水寺の名まえの由来となった名水で、多くの和歌に詠まれてきた由緒ある滝なのである。見上げると水が湧(わ)き出ている崖の上に滝殿(たきどの)とよばれる小さな祠が祀られている(現在はない)。

この水を柄杓(ひしゃく)で(く)んで飲んでみる。ずいぶん上から落ちてくる水なので、気をつけないと着物に飛び散りそうである。冷たい! 緑の多い東山を、ゆっくり時間をかけてしみこんできた水は、なんともまろやかである。参籠に疲れた頭と体を目覚めさせてくれる。

清水詣での行程はこれで終わり。車宿まで戻って牛車に乗り、六條院に戻って今夜はゆっくり休もう。


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