風俗博物館
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[年中行事]
月次公事屏風一双
正月「子の日松」
二月「列見」(れけん)
三月「曲水流觴」
四月「孟夏旬」
五月「献菖蒲」
六月「大祓」
七月「相撲節会」
八月「駒牽」
九月「虫狩」
十月「射場始いばはじめ」
十一月「五節舞」(ごせちまい)
十二月「追儺」

[宮廷文化のかたち]
[参考文献]
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平安京へ出かけよう
牛車で清水詣へ出かけよう
輿で鞍馬へ出かけよう
虫垂れぎぬ姿で出かけよう
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年中行事と宮廷文化のかたち

七月「相撲節会」

令の定めた節日である七月七日には、天皇相撲御覧と文人による七夕の賦詩が行われたが、平城天皇の国忌により平安時代には相撲の儀は他日に変更され、当日の行事は賦詩を残して乞巧奠が中心となり分化を遂げた。

七日   乞巧奠(七夕祭)
同    文珠會
十五日  孟蘭盆
廿八九日 相撲節会

文月の賜扇
七夕の節供には宮仕の女官は扇を賜った。文月の雪洞扇と呼ばれたそれは細骨十本に薄地の地紙を貼ったもので、表には源氏絵、裏は金泥の草花だった。雪洞扇は末広(中啓)と沈折の中間の仕立てで浮折とも呼ばれる。

* 39. 殿上団扇
  23×37 江戸時代
一面を片身替とし葛屋と杜若の景色、他は松林に塩竈を配して遠景に城郭。 静謐な画調が土佐派もしくは狩野派の手になることを示し、御殿団扇の呼称を伝えた背景に、御月扇などとの関連を想起させる。夏扇が外出の用に供されるに対し、団扇は邸宅内での送風具として重宝された。
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40. 天女錦織打敷  69×70
乞巧奠

七月七日、七夕の星まつり。今日の願いを書いた短冊を笹に吊るし、星に願いをする七夕の風習は、いろいろな要素を含んで成立している。一般には「賦詩」と「棚機女(たなばたつめ)」と「乞巧奠」と「牽牛と織女の聚会」の諸要素が習合したと解説される。

「賦詩」は、令が定めた七日の文人による賦詩の宴。 「棚機女(たなばたつめ)」は本邦の古来からの伝説。 「乞巧奠」は唐朝の宮廷儀式。 「牽牛と織女の聚会」は唐土の民間伝説。これらが習合し、信仰や形や性格を混在させながら今日の行事に整理されたと解釈されるのである。

棚機女の信仰は、神の嫁となる娘が、神の来臨を、機屋で布を織りながら待つという織姫伝説。

乞巧奠は織物の上達を織女に願う唐朝の宮廷儀式。

牽牛と織女とが聚会する伝説は、中国の星座信仰の一で鷲座と琴座を擬人化して成立している。 一方、織物文化を通観する視点から七夕を観察すると、ここに通底する織技の上達を願う心の奥には、縦糸と横糸が織り成す織物の技に、その技法や知恵に、神の存在を感じた織物文化の原点を見ることになる。

伊勢神宮の神宝の中に、織機の雛形や少なからぬ布帛が含まれることも、織物の衣服機能とは別の、より本源的な神の意思への感謝としてその習俗を垣間見ることになる。

ここに掲出した布帛は、近江の錦織寺の天女(織神)縁起を刺繍で図絵した打敷であり、 七夕の織姫とは別系の思想に立脚するものだが、天女伝説の背景を広義に解釈したく掲載した。

縁起は、暦仁元年(1238)の一夜、織姫(天女)が舞い降りて紫紅の錦を織って阿弥陀如来に奉献したと伝える。 織物の縦糸が天地を結ぶ、すなわち神と人々を結ぶ機能をここでも再確認することになる。 本作(打敷)は大小二枚からなり、一枚に文政十一年(1828)の作期をみる。天女が錦を織る場面を繍技を尽くして描いている。


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